友人目線の話です。毎年、有志を集って開催する音楽フェスの告知について、イベント企画メンバーと話合う機会がありました。
仲間内で楽しむ発表会のようなイベントだったのですが、イベント企画のメンバーの1人が、町おこしの一環として、私達の音楽フェスを有名にしたいと言い出したのです。
私自身は、自分がステージに立って演奏を楽しみ、また、ステージで演奏している友人らを客席から観客として楽しめれば良いイベントだと思いながら、日頃のバンドの練習の発表会の場として、長年イベントに携わってきたので、町おこしにまで発展するイベントは想像できずにいました。
より大勢の人々と、音楽イベントを楽しみたいと考えるメンバーの気持ちも分かりますが、大勢の人々が集まるイベントにするには、それなりの会場も必要となる上、運営の企画も十分に練らなくてはなりません。
そのようなイベントの運営に時間を費やす事も、私達の大きな負担となり兼ねないので、私自身は、賛成できない気持ちで、メンバーの話を聞いていましたが、話を聞いていた他のメンバーたちも、何やらノリでやる気になってしまったのです。私も他メンバーたちの意見に押され、その場のムードから反対意見を述べる事はできませんでした。
そこから、私達の音楽フェス開催への第一歩が始まったのですが、なかなか簡単な道のりではありませんでした。
そんな、凸凹バンドメンバーたちの活動の記録を残していきたいと思います。
呑気なメンバーたちは、「オレたちの音楽フェスのルーツをのちの人々にも語りつがれるよう、本を出版しよう」などと、すでに伝説にでもなったような面持ちで、音楽フェスを語っていましたが、私自身はやるからには、本の出版でも、テレビ出演でも、やってやろうではないかという面持ちで出発しました。やるからには、成功まで導きたいのですが、果たしてどれだけの挫折が待っているのか楽しみなところでもあります。